イチエの頭の中

好きな町で好きな人と楽しく生きるためのブログ。現在地は青森八戸。五戸で古民家借りたのでその話も書いていきます。

【はたらく】張り切って転職した職場を2週間で辞めることになった話。

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「とりあえず3年」の呪い

「とりあえず3年は働かないと」と言われてきた世代です。

「職歴が多いと不利」なんて時代もありました。でも今は働き方も多様になり「とりあえず3年」経たなくても転職する人も珍しくなくなりました。

最近は、面接前に会社を訪問する機会を設けたり、人事担当だけでなくほかの社員さんなど、そこで働くたくさんの人に会う機会をセッティングする企業も増えてきました。入社後の「こんなはずじゃなかった」というミスマッチをできるだけなくそうと、社会全体的に意識が変わってきているように感じます。とてもいいことです。

でも、本当の本当の本当のところは、働いてみないと分からないと思っています。だから、新しい仕事に就いて違和感があったとしても、すぐに「合わない」「思ってたのと違う」「辞めよう」と考えるのではなくて、ここで働き続けるためのいろんな可能性を考えながら「ちょっと頑張ってみよう」という気持ちが、働く側には必要かなと思います。「だらだらと何年も違和感を放置して働き続けろ」ということではないです。例えば…判断をする期間を決める(3カ月は頑張ってみるとか)、できるだけ早く上司に相談する、上司が無理なら一番近い先輩でもいいですし、せっかく入社した会社で働き続ける努力をしてみたらいい。それでも無理なら、離れればいい。

でも、例外がひとつ。体に反応が出たら別です。すぐに離れた方がいい。仕事は、体を壊してまでやるものではないから。自分を守れるのは、自分しかいませんから。

 

やる気に満ち溢れて、桜の木の下を歩いて初出勤

2013年4月1日。

7年前の私も新しいスタートを迎えていました。

facebookに残した決意表明です。

今日から新年度。
無事に次の仕事も決まりまして、明日初出勤!
いろいろ葛藤しながらも英会話講師として1年半勤めて、
ぜーんぶリセットして全く新しい業界に行こうかとも思いましたが、
やっぱり英語業界にステイすることにしました。

イギリス人のご主人(社長)と日本人の奥様で経営されているイングリッシュスクールの運営に携わることになりました。
講師は3名で全員ネイティブ。
日本人は奥様と私のみという完全マイノリティ環境!
(英語イヤ病が出たら、キッツイなぁ笑)

ここで働きたいと思った決め手は、
「他社と比べて貴社の強みってなんだと思いますか?」という私の質問に対しての奥様の返事。
「他のスクールとは比べません。比べてしまったら、自分たちのやりたいこと、やるべきことが、ぶれてしまうから。」

自分たちの提供するサービスに自信と誇りを持って働いておられます。
そんな方々に選んでもらえた喜びとプレッシャーを感じながら、
明日からの新生活頑張っていこうと思います。

2011年3月11日の震災後、世界一周の旅から帰国して、せっかく身に着けた英語を生かして仕事がしたいと、全国展開している子ども英会話スクールに講師として入社。その1年半後の転職でした。大学を出てからフリーターみたいな働き方しかしてなかった私にとっては、初めてキャリアアップを意識した転職でした。

面接のために2回ほど会社を訪れました。必ず社長と奥様が出迎えてくれました。全国展開の英会話スクールで子どもに英語を教える仕事は楽しみややりがいもあるけど、教えながら抱えていた違和感もすべて面接で話しました。そのスクールはわたしの悩みをすべて解決するカリキュラムを用意しているスクールで、「あぁここで働きたい」と強く思ったのを覚えています。数十件の応募からひとり選ばれたのが私というのも聞いていて、すごくうれしかった。採用してもらえたからには頑張って、長く働こうと思っていました。

わたしの役割は、日本人スタッフの奥様と一緒に、スクールの受付やご家族の対応、授業中の生徒さん、ネイティブ講師をフォローすることでした。奥様と私以外はネイティブスピーカーなので、ミーティングはすべて英語でした。奥さんがフォローしてくれましたが、ついていくのに必死でした。

 

すこしずつ、すこしずつ、生まれてきた綻び

最初はやる気満々だった新しい仕事でしたが、ちょっとずつ違和感が出てきました。

・勤務時間中は生徒さんの対応で精いっぱいなので、翌日の授業の準備、研修日報などは業務時間外にやるようにという指示(朝早く行ったり、昼休みを返上したり、夜残ったり、休日自宅でなど)

・奥様に「わたしとあなたで保護者への対応が違うと困るから、私のコピーになってほしい」と言われた。「違う人間なんだもんコピーは無理じゃない…?」と思ったけど、仕事だからと思ってなんとかしようとしました。ロープレも何回もしましたが、奥様と考え方や対応が違うとすぐにため息をつかれて「なんでできないかな」と言われました。

・奥様が読んで学んだ接遇の本を「休みの日に読んで勉強してきて」と宿題として渡されること。休みの日はちゃんと休みたいのに、無理やり仕事モードにならざるを得ず、当然読んでも頭になんか入ってきませんでした。

こういうストレスがちょっとずつ溜まっていって、ついに肝心の英語でのコミュニケーションにまでストレスに感じるようになりました。英語が聞き取れない。口から出てこない。講師や社長と会ったり話すのが怖い。ミーティングだけでなく雑談も怖い。分からないことを分からないと聞けなくなりました。

 

震える手と、零れ落ちる涙

ある休みの日、手が震えて止まらなくなりました。それでも「本を読まなきゃまずい」「日報書いてない、まずい」と、無理して仕事のために時間を割きました。前向きに「やりたい、学びたい」ではなく、「やらないと奥さんにまたなにか言われる」という、ネガティブな焦りのような気持ちでした。「なんでできないんだろう。まだまだ頑張らないといけないのに」と、ずっと自分を責めていました。

入社して2週間後のあの日も、なんとか気持ちを立て直して出勤しました。2週間前に意気揚々と歩いた道路沿いの桜はすっかり散り、私の足取りも重くなっていました。

なんとか出勤して、レッスンの合間に受付で奥さんとロープレをしていたときのことでした。また、うまくできなくて(=奥さんの思った通りにできなくて)、ため息をつかれました。その瞬間、涙があふれて止まらなくなりました。受付にいたので、奥の部屋で休んできてと言われて、持ち場を離れました。「あぁ、やってしまった。自分最低だ…」と、それでもなお、自分を責めていました。

 

「今、楽しいか?」社長からの問い

しばらくして、社長と奥さんが一緒に私のところにやってきました。そこで社長からこう聞かれました。

「イチエ、今楽しいか?」

わたしはこんな風に答えました

「今は正直楽しいとは思えないけど、わたしの努力がまだ足りないのだと思います。もっと頑張ります。すみませんでした」

その時に社長から帰ってきた言葉は意外なものでした。

「イチエが頑張ってきたことは、私たちも分かっている。しかし、今が楽しいと思えないなら、ここはイチエがいるべき場所じゃない。すぐに離れた方がいい」

辞めるつもりで来てないし、まず3カ月は頑張ろうと思っていました。最初はちょっとパニックでした。しかし社長も、同じような経験があると、諭してくれました。

「日本では2週間で職場を離れるのはイレギュラーなことかもしれない。でもイギリスではぜんぜんおかしいことじゃない。だから何も気にしなくていい。ここがイチエに合わなかっただけ。もっと合う場所があるはずだから」

わたしはその場で2週間分の給料をもらって、退職することにしました。頑張りたかった仕事を頑張りきれなかったことは無念でした。でも少し、ほっとしていた自分もいました。

 

最後の別れで起こった予想外のできごと

給料の精算を終えて、荷物を持ってそのまま帰宅することにしました。最後に、講師の3人にお別れをしてから帰りたいと思いました。短い期間ではあったけど、一緒に授業の準備をしたり、ランチをしたり、お世話になったからです。しかし、最後に二人から言われた言葉は意外なものでした。でもこれが、この職場に対する未練を吹っ切る一言になりました。

「ほかの3人には何も言わないで出てって。ここを辞めた後は連絡も取らないで。プロだから、馴れ合ってほしくない」

荷物を持ってお礼を言って、まっすぐ玄関に向かいました。一人の講師がわたしに気づいて「イチエ、どこ行くの?」声をかけてきました。「ちょっと買い物に行ってくる」そう言って私はそのスクールを後にしました。彼女たちとはそれきりです。

駅に向かって歩きながら「あぁこの会社で働けなくて当然だ~」と思って、心が軽くなりました。

なんで私がそう思ったのか。答えは次に。

 

この経験ではっきりと分かった、私が仕事で大事にしたいもの

この経験で明確になった私のキャリア観は以下の5つです。

 

①「とりあえず〇年」はあまり気にしなくてもいい

②体に異変が出たら無理しない

③それぞれの得意なこと、スキルを活かして働くのが、結果的にみんな幸せ

④職場の人たちとの縁を大事にしたい

⑤休みの日はちゃんと休みたい

 

いま思えば、会社側からすれば「雇ってみたけど思ったより使い物にならなかったからこれを機にクビにしちゃえ」的な気もしなくもないですが(笑)、この経験はわたしにとっては大きいことでした。「好きで選んだ仕事で失敗した。まさか2週間で辞めることになるなんて」と、最初はすごくショックでした。でも「ここがイチエに合わなかっただけ」という社長の言葉は、わたしの罪悪感を軽くしてくれたし、「ひとつの場所にしがみつかなくても、自分に合う場所はほかにあるから大丈夫」という気楽さも与えてくれました。

でも、「この会社で働けなくて当然だ~」って思ったのは、私は③人との縁をすごく大事にしているからです。たぶんこの4つのなかでは1番大事にしてると思います。これまでもたくさんの職場を経験してきましたが、辞めて何年経っても付き合いが続いています。みんなわたしの人生の財産だと思っています。それを最後の最後に、根っこから否定されました。仕事に対する姿勢が根本的に違うんだもの、話が合うはずがなかったんです。

いろんな考えがあると思いますが、人生の長い時間を費やす仕事として選ぶなら、わたしは気の合う仲間と楽しく働ける仕事を選びたいです。働くうえで、おのおの、大事にしているものがあると思います。身近な人と話してみるのも発見があって面白いかもしれません。