今年度は、八戸圏域の移住コーディネーターとしていろんな方や地域と関わりながら働かせていただきましたが、明日で卒業します(諸事情につき、この事業は継続しないことになりました)。
今後のことについては、たくさんの方に心配をかけたし、ありがたいお声も掛けていただきましたが、結論としては今の会社に残れることになりました。
ほんとーにたくさん悩みました。地元に「不要」と言われたようで悔しかったから、もう一回県外に出て修行しなおそうかなとか、今の会社辞めて転職活動しようかなとか、海外逃亡しようかなとか、ありとあらゆる選択肢を考えました。
でもやっぱり青森に帰ってきてからわたしはまだなにも成し遂げられていないし、ここから逃げたら楽だけどそうしたって何も変わらない。応援してくれる、信頼できる人たちとのつながりもこの地域にたくさんできた。だから、ここからもう1回頑張りたいと思いました。
ただ、これからは組織に頼り切るのではなくて、自走できるように動く1年間にしたいと思っています。
今後のことについては、会社にはいろいろワガママもいいましたが、わたしの意向を尊重してくれたので、感謝しつつ、感謝した分きちんと貢献できるよう、今後も青森県で頑張っていきたいと思います。
今回のことで強く思ったのは、「仕事だから」諦めるんじゃなくて、「仕事だから」ワガママになってもいいんじゃないかな、ということ。
やりたい仕事、いたい場所、一緒に働きたい人、働きたい時間、全部が叶わないとしても、自分の意志は持っていたいし、望む環境を作る権利は個人にある。働く期間が長くなればなるほど、自分の人生に仕事を寄せていけるような仕組みに変わっていかないと、仕事はつらいだけのものになってしまう。だから、個々の意向と関係なく仕事を割り振られたり、やりたくて頑張ってた仕事を急に変えられてしまうのは、これから先の時代の働きかたとしてはちょっと違和感がある。長時間労働よりもこっちの方がよっぽどブラックなんじゃないかと思ってしまう。
長時間労働を肯定するつもりは全然ないんだけど、大変な仕事でもその中に楽しさを見出せたり、自分が役に立っている実感が持てていれば、頑張れてしまうものだ。
いや、なんか「労働」という言葉も嫌だな・・・。
あとは、人。楽な仕事なんてひとつもなかったけど、これまで働いてきた組織は風通しがよく、仲も良くて、いい環境だったと思う。恵まれてきたことは間違いない。わたしにとっては、仕事内容も大事だけど、その仕事を通じて出会う人たちの方が大事で、その職場で長く働けるかをかなりの割合で左右する要素だと思っている。最近は、仕事で付き合いたい人とプライベートで付き合いたい人の境すらどんどんなくなっていっている。一緒に楽しい時間を過ごせない人とは、楽しく仕事ができない。
どんと構えて見守ってくれる上司がいて、どんな状況でも信頼できて支え合える仲間がいれば、仕事って頑張れるものだ。これまで属してきた組織はそれを教えてくれた。
仕事の時間も自分の人生なんだから、諦めたくない。ワガママになってもいい。
30代半ばを過ぎた今だから、思えることかもしれないけど。
では。