もう何年も思い出していなかった。なんで急に蘇ったのかも、わからない。つらいことでも悲しいことでもない。逆に極端に楽しかったことでもない。かつての毎日の習慣を、春キャベツのみそ汁をお椀に注ぎながら強烈に思い出し、気づいたらすりごまをみそ汁にいれて食べていた。
もう7~8年前にもなる。結婚していたころの話だ。東日本大震災の後、夫だった人はわたしをひとり彼の実家に残して、離れた街で東北の経済復興に寄与するために起業した。わたしは義理の両親と3人で暮らしはじめた。
3人の暮らしは2年くらいだったが、この話をすると9割の人には「ダンナ抜きで義実家に住むなんてありえない!よく耐えたね!」と言われる。でも私には、「耐えた」という感覚はない。もちろん、気を遣ったり休みの日も休まらなかったり、些細なストレスはあったが、それはきっとお互いさまだったはずだ。そういったことを抜きにしても、義両親は私をとてもかわいがってくれたので、つらいことはほとんどなかった。
義父は健康にかなり気をつかっていて、特に食事に関してはさまざまな取り決めがあった。朝ごはんには毎朝、みそ汁にはスプーン1杯のすりごまをいれて食べる。食後にはヨーグルトにオリゴ糖を入れて食べる。夜はトマトにオリーブオイルをかけて食べる。これを、本当に毎日食べていた。義母は特にこだわりはなさそうだったが、義父がやることを一緒にやっていた。嫁としてその家に暮らし始めたわたしも、郷に入れば郷に従えの精神で食べ始めた。単純にすりごま入りのみそ汁はとてもおいしかったし、ヨーグルトにオリゴ糖をかけるのもちょっと甘くなっておいしかったから、まったく嫌とも思わずに続いていた。義父が健康に気を付けていたのは、長生きのためというよりは、毎日ご飯とお酒をおいしく楽しむためだったけれど。
休みの日に義父とお酒を飲むのはわたしの役割だった。役割という言葉はあまりよくないかもしれないけど、お酒はだれかと飲んだほうが楽しいとは思うから、下戸の義母の代わりに(というのはなんだけど)、義父とお酒を飲んだ。わたしと義父の休みが合う日は、ワイン好きの義父と一緒に1本開けるのが習慣になっていった。飲んで食べてあーおいしかったと、義父が寝室に行くと、そのあとは義母とお茶を飲みながら甘いものを食べておしゃべりをする。義母は何でも食べたが、あんこが多くて皮が薄いおまんじゅうが好きだった。飲んだ後の甘いものは、頭ではあまりよくないと思っていても、やっぱりおいしいものだった。
毎日毎日、義両親とわたしは些細な日常を積み重ねながら暮らしていた。楽しいことばかりではもちろんなかった。義両親をめんどくさいと思ったこともある。だけどそれでも、同居期間は楽しかった記憶のほうが多い。わたしは恵まれていたと心の底から思っている。
わたしが離婚を切り出されたとき、誰よりも泣いてわたしを守ろうとしてくれたのは義父母だった。義母は最初から泣いていたけど、いつも冷静な義父まで泣くとは思わなかった。「申し訳ない」と何回も言われた。でも私たちが離婚に至ったのは、義両親のせいでは全くない。わたしたちに限界がきただけだった。逆に義両親に申し訳なくなった。
今朝、数年ぶりに食べたすりごま入りのみそ汁は、変わらずおいしかった。みそ汁には圧倒的にとろろ昆布派だったけど、これからは時々すりごまを入れようと思う。
義両親が今もすりごま入りのみそ汁を食べているだろうか。
そんなことを思いながら、みそ汁を味わった。